
東洲斎写楽は一年に満たない短期間の活動の後、忽然と姿を消しました。その間に歌舞伎役者を描いた多くの役者絵を残しました。ここでは、その中でも、特徴的な女形役者を描いた絵を中心に見ていきます。
写楽の描いた女形役者絵
歌舞伎の女形役者とは
歌舞伎では男性が女性を演じる女形(おんながた、おやま)と呼ばれる役者がいます。歌舞伎は出雲の阿国に象徴されるように、元々、江戸時代に女性が演じる女歌舞伎として発祥しました。
しかし、風紀を乱すという理由で、女歌舞伎や若い男性が演じる若衆歌舞伎が幕府により禁止され、その結果、成人男性が女性を演じる野郎歌舞伎が発展しました。
つまり、女形役者は幕府の禁止措置により、生み出された副産物だったといえます。これが洗練されていくことで、多くの人気女形役者が生まれました。
写楽による女形役者絵一覧
三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-487?locale=ja)
三代目佐野川市松の祇園町の白人おなよ

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-485?locale=ja)
初代中山富三郎の宮城野

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-484?locale=ja)
松本米三郎の化粧坂の少将実はしのぶ

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-482?locale=ja)
四代目岩井半四郎の乳人重の井

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-467?locale=ja)
二代目小佐川常世の一平姉おさん

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-483?locale=ja)
二代目瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-486?locale=ja)
写楽の描いた女形の役者はかなり個性的に描かれているというのが分かると思います。
では、それと比較する意味で、当時、他の浮世絵師が書いた女形の役者絵を見てみます。
写楽以外の浮世絵師が描いた女形の役者絵
勝川派の女形役者絵
当時、役者絵で評判だったのは勝川春章を祖とする、勝川派の絵師たちでした。ここでは、勝川派の女形役者絵を紹介します。
三代目瀬川菊之丞の大原女 勝川春章筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-255?locale=ja)
二代目中村野塩のお軽 勝川春英筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-257?locale=ja)
三代目瀬川菊之丞の正宗娘おれん 勝川春朗(葛飾北斎)筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-2864?locale=ja)
鳥居清長の女形役者絵
美人画の大家として一時代を築いた鳥居清長。清長は鳥居派の四代目ですが、鳥居派は元々、役者絵を専門としています。ここで、鳥居清長の描いた女形役者絵を紹介します。
出語り・四代目岩井半四郎の小春と三代目沢村宗十郎の次兵衛 鳥居清長筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1184?locale=ja)
三代目瀬川菊之丞の石橋 鳥居清長筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1182?locale=ja)
一筆斎文調の女形役者絵
一筆斎文調は勝川春章とともに似顔絵的な役者絵を描き活躍しました。美人画でも定評がありました。
二代目市川高麗蔵の花守喜作と二代目山下金作の女房お梅 一筆斎文調筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-296?locale=ja)
写楽の写実性とその評価
以上、東洲斎写楽の描いた女形役者と他の浮世絵師が描いた女形役者を見てきました。他の浮世絵師が描いた女形役者は女性として描いていたと言えます。
それに対して、写楽の描いた女形役者は非常に個性的でそれが魅力であるとともに、逆に評価が分かれる点にもなっています。
写楽について太田南畝は次のように述べています。
これは歌舞妓役者の似顔をうつせしが、あまり真を画かんとてあらぬさまにかきなさせし故、長く世に行はれず一両年に而止ム
つまり、あまりにも真実を描こうとしたため、評判がイマイチだったということのようです。これは、写楽の女形役者について特に当てはまるのではないでしょうか。
浮世絵の役者絵というのは、当時は芸術作品ではなく役者のプロマイドという性格の商品でしたので、客=ファンは美化された役者絵を求めていたと思われます。
ですから、真実を描こうとした写楽の絵は現在、芸術作品としては評価されていますが、当時の歌舞伎ファンには受けが悪かったのかもしれません。
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