喜多川歌麿の山姥と金太郎

喜多川歌麿

美人画の巨匠として知られる喜多川歌麿の浮世絵の中で、異色を放つのが山姥(やまんば)と金太郎を描いた浮世絵です。ここでは、これらの絵について見ていきます。

金太郎と山姥

昔話の金太郎には様々なバージョンがあります。一般的に知られているのは足柄山の山奥で育った金太郎が熊と相撲を取るなど、幼少の頃より、類まれな力を発揮し、その後、源氏の武士である源頼光に仕えることになり、頼光四天王の一人、坂田金時として活躍する…というものです。

この金太郎の母親は山姥(やまんば)とされています。山姥は山奥に住む老女の妖怪です。人を取って食らう恐ろしい妖怪であったり、福をもたらす存在であるなど、様々な形で伝承されています。

中でも金太郎の母としての山姥は母性を持つ存在として描かれます。以下、江戸時代に金太郎や山姥を描いた浮世絵を紹介します。

浮世絵に描かれた金太郎と山姥

金太郎の浮世絵

昔話で有名なため、金太郎は浮世絵の題材として描かれています。以下にいくつか紹介します。

金太郎 勝川春英筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-4171?locale=ja)

役者絵を得意とした勝川派の祖である勝川春章門下の中でも、春好と並ぶ逸材とされていたのが勝川春英です。この絵では熊を踏みつける力強い金太郎が描かれていますが、子供らしい仕上がりとなっています。

絵の中に描かれている張り子のみみずくやダルマは当時、恐れられていた病気である疱瘡除けの効果が期待されていたものです。赤色もそうした病気に対するまじない的な効果を期待したものです。子供の健康を祈る意味合いを持った絵でもあるわけです。

四代目岩井半四郎の金太郎 歌川国政

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-845?locale=ja)

初代歌川豊国の弟子、歌川国政の描いた役者絵です。四代目岩井半四郎が演じた金太郎で、歌舞伎界では金太郎は怪童丸とされていました。

役者絵が得意な国政の描いた凛とした風貌の金太郎です。

幼時を夢見る坂田金時 鳥居清長

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1195?locale=ja)

喜多川歌麿がブレイクする直前に美人画界で一時代を築いた鳥居清長の描いた浮世絵です。豪傑の武者であった坂田金時が金太郎だった幼少時代を思い出している図像です。

幼少時から熊を相手にした暴れっぷりがわかります。右下の絵は宝船の絵で、もたれかかった酒樽の飾りは正月飾りであることから、吹き出しの絵は初夢で、子供の力強く元気な成長を願ったものと思われます。

山姥の浮世絵

次に山姥を描いた絵を紹介します。

百鬼夜行 鳥山石燕

喜多川歌麿の師であり、妖怪画で知られる鳥山石燕の描いた山姥です。山に住む老婆の妖怪というイメージがそのまま表現されています。

足柄山の秋海棠 山姥 (当盛見立三十六花撰) 歌川国貞

歌川国貞(三代目歌川豊国)が描いた「足柄山の秋海棠 山姥」 です。これは五代目坂東彦三郎が演じたものです。

金太郎と山姥の浮世絵

金太郎の母親が山姥であったという話はよく知られていたことから、金太郎と山姥を共に描いた図もあります。

桜の下山姥と金太郎 葛飾北斎筆

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-3405?locale=ja)

これは葛飾北斎が金太郎母子を描いたものです。桜の木の下で親子の楽しそうな語らいが伝わってきます。

山姥 河鍋暁斎

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10046?locale=ja)

これは明治時代に河鍋暁斎が描いた肉筆絵です。無邪気な様子の子どもを抱く風格のある母親となっています。

喜多川歌麿の描く金太郎と山姥

さて、次に喜多川歌麿の描いた金太郎と山姥を見ていきたいと思います。歌麿の描く山姥も恐ろしい妖怪としての山姥ではなく、子供をいつくしむ母性愛にあふれる女性として描かれます。

金太郎と山姥が主題となる場合、他の絵師と同じように必然的に親子の母性愛がにじみ出るのは必然なのかもしれません。

しかし、それだけではない何かを感じさせられます。

以下、代表的なものをギャラリー風に紹介します。

山姥と金太郎・耳かき 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1969?locale=ja)

山姥と金太郎・盃 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-535?locale=ja)

山姥と金太郎・乳吸い 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1971?locale=ja)

山姥と金太郎・鏡 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1987?locale=ja)

山姥と金太郎・接吻 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1974?locale=ja)

山姥と金太郎・煙草の煙 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1975?locale=ja)

山姥と金太郎・髪すき 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1985?locale=ja)

山姥と金太郎・凧 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-1986?locale=ja)

山姥と金太郎・栗枝持 喜多川歌麿

出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-536?locale=ja)

歌麿の描く金太郎と山姥の解釈

歌麿は晩年に多くの金太郎と山姥の絵を残しました。どの絵を見ても母と子の間に流れる愛情が感じ取れます。

ただ、山姥は若い女性として描かれ、エロティシズムを強く感じさせるものも少なくありません。このあたりは美人画の巨匠としての面目躍如たるものを感じます。

幕府に睨まれることが多かった歌麿が取り締まりをかいくぐって女性を描くためにこの画題を利用したという考えもあります。

しかし、それだけでは解釈できないような雰囲気を醸し出しています。母の愛情を強烈に求める金太郎の仕草、子供への強い愛情を示す山姥。そこには母の愛情を強く求める歌麿の心理が投影されているように思われます。

日本はおろか世界的にも知られた浮世絵の巨匠であるにもかかわらず、生まれ育ちが不明な点は複雑な家庭で育ったことが推察されます。そうした母親の愛を求める心情が金太郎と山姥の絵に結実したのかもしれません。

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