「逆賊の幕臣」 建部 政醇(たけべ まさあつ)

逆賊の幕臣

2027年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」ではずんの飯尾和樹が建部政醇役を演じています。

林田藩主 建部家

建部政醇は播磨国林田藩(現在の兵庫県姫路市)の8代藩主で一万石の大名です。

元々、建部家は豊臣から徳川家康の時代にかけて尼崎郡代として700石を領していましたが、大坂の陣の功績によって尼崎藩の一万石の大名に取り立てられました。その後、池田家の一族であることから、池田家の転封に伴って、播磨に入り林田藩ができました。

つまり、建部家は外様大名でした。林田藩は明治維新まで続き、その後、建部家は子爵に列せられます。

建部政醇の略歴

建部政醇は寛政七年(1795年)に生まれ、明治八年(1875)に亡くなりました。かなり長命だったと言えます。大名なので従五位下の位階を持ち、内匠頭を称しました。聖岡という号があります。

父は7代藩主の建部政賢、母は信州松代藩5代藩主の真田信安の娘です。真田信安は真田安房守昌幸の長男、信之の玄孫(やしゃご)になります。

日本全国の大名の内、通常、幕府の役職に就けるのは譜代大名でした。しかし、建部政醇は大番頭や奏者番など旗本や譜代大名が占める役職に就いています。

以下の弘化二年(1845年)の弘化武鑑には御奏者衆として建部内匠頭が記されています。天保十二年(1841)から奏者番に就いていることがわかります。

建部政醇と小栗上野介忠順

小栗上野介忠順の妻、道子の父親は林田藩主の建部政醇です。以下の弘化二年(1845年)の弘化武鑑には建部政醇の娘が「小栗剛太郎 室」と記載されています。小栗剛太郎とは小栗忠順のことです。

つまり、小栗忠順から見て、建部政醇は義父ということになります。

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