2027年のNHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」では鈴木京香が「くに」として、小栗邦子役を演じています。
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略歴
小栗邦子は小栗忠高の妻で、小栗上野介忠順の母です。代々旗本を務めた2500石の家禄を持つ三河小栗氏の第10代当主、小栗忠清の娘として生まれました。
父、忠清は家督を継がすため、邦子に婿を取りました。それが夫、小栗忠高で、忠高は隣家の中川飛騨守忠英の四男でした。つまり、互いに見知っていたと思われます。
邦子の義父に当たる中川忠英は文政三傑の一人に挙げられる優秀な人物で、勘定奉行、大目付、留守居など要職を歴任しています。
婿を取った後、弟の庄次郎が生まれました。そのため、弟は旗本の日下家に養子に出されました。この実弟の日下数馬は腰物奉行や鉄砲玉薬奉行などを歴任しています。
小栗上野介忠順の母
文政十年(1827年)に剛太郞、後の上野介忠順を産みます。その後、女の子も産みますが残念ながら夭折します。
忠順は成長するとともに才気を表していき、将来有望な人物となります。そうした中、安政二年(1855年)に新潟奉行に任じられていた夫、忠高が任地で亡くなります。
悲しみの中、後を継いだ、息子の忠順は順調に出世をし、幕府を支える人物へと成長していきます。高禄の旗本の娘として生まれ、婿を取って家を継いだ邦子にとって、息子の成長と立身出世は嬉しかったでしょう。
しかし、さらなる悲劇が訪れます。
小栗上野介忠順の死と逃避行
討幕派と幕府との対立、大政奉還から明治政府の樹立へと時代が目まぐるしく移り変わる中、徹底抗戦を主張していた息子の小栗上野介忠順は役職を解かれ、これを機に領地のあった上野国群馬郡権田村に移ります。こうして地方に引きこもっていたにもかかわらず、新政府軍により捕らえられ処刑されてしまいます。
忠順は母、邦子の実弟、日下数馬の娘、邦子から見ると姪に当たる鉞子(よきこ)を養女にしていました。その鉞子の婿として後継ぎにする予定で駒井朝温の次男、忠道を養子にしていましたが、この忠道も忠順が亡くなった翌日に処刑されてしまいます。
こうして次々と降りかかる悲劇の中、邦子は身重の嫁、道子、そして、その養女、鉞子らと会津へ逃げます。その後、明治二年(1869年)に東京に戻った忠順の遺族は以前、従者だった三野村利左衛門の世話になりました。
このように時代が移り変わる中、明治になって成功する者もいれば、逆の場合もあったわけです。特に幕府側の人物は後者であったケースが多かったと思われます。



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