2027年のNHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」ではスチャダラパーのANIが武笠祐左衛門役を演じています。
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武笠祐左衛門とは
武笠祐左衛門は小栗家と関係を持つ武笠長左衛門の子として篠原村に生まれました。この祐左衛門は小栗家の家臣として、要職を歴任し、幕府の用務に奔走する主の小栗上野介忠順を支えた人物です。父、忠高の時代から仕えていたとされ、最初は給人として、その後は用人として小栗家の家政を司りました。
大名やごく一部の旗本などには主君の下に家臣の筆頭として家老職がありましたが、3000石以下の旗本の場合(小栗家の元の家禄は2500石、その後200石加増されて2700石)、家臣の筆頭に家老職は置かれず、筆頭職は用人と呼ばれていました。
祐左衛門も小栗家2500石の実務にたずさわる存在として、領地の経営や家内の様々なことを担っていたと思われます。
家族
妻は土屋村の永田家から嫁入りしたタカで、二人の間には息子の銀之介(銀介)、娘のイツがいました。
武笠銀之介も父と同様に小栗家に仕えました。小栗忠順の後継ぎとして、養子となった小栗忠道の小姓を務めています。
小栗家の悲劇と武笠祐左衛門
幕府内で枢要な地位を占めるようになった小栗家を支えていた武笠親子に、突然、悲劇が訪れます。役職を解かれ、所領のあった上野国群馬郡権田村に引きこもっていた主君の小栗忠順と養子の忠道が処刑されてしまったのです。
小栗忠順の家族もすでに移住しており、駿河台にあった小栗家の留守は武笠祐左衛門が託されていました。しかし、主君の死を知ると、屋敷を去り、妻、タカの実家である武州土屋村(現在のさいたま市西区)の永田家に身を寄せました。
祐左衛門はこの地にあった曹洞宗に属する道香院で小栗忠順や家臣の位牌を作って菩提を弔っています。また、明治以降も息子を通じて小栗家とつながっていたようです。
そして、 明治十年(1877年)に土屋村の永田家でその生涯を閉じました。
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