「逆賊の幕臣」 娘:小栗 国子(おぐり くにこ)

逆賊の幕臣

小栗国子とは

小栗国子は幕末の近代化を推進した小栗上野介忠順の娘です。悲劇的な状況で出生したことが知られています。ここでは小栗国子について見ていきます。

父、小栗忠順と母、小栗道子

父、小栗忠順は旗本、三河小栗家の第12代当主で、勘定奉行等を歴任し、幕末の近代化を推進した人物です。そのため「明治の父」という評価もあります。母、道子は1万石の大名、播磨国林田藩の建部政醇の娘です。

二人の間に子供が無かったことから、忠順の叔父の娘、つまり従妹に当たる鉞子を6歳の頃、養女に迎えました。また、旗本、駒井朝温の次男、忠道を鉞子の許嫁として養子に迎え、家を継がす予定でした。

小栗国子の家系関連図

父、小栗忠順の死と小栗家

しかし、薩長を中心とする討幕軍が勢いを増す中、徳川15代将軍、慶喜は政権を返上、いわゆる大政奉還をします。しかし、鳥羽伏見の戦いが勃発し、幕府と討幕派の戦いが始まってしまいます。

こうした中、主戦派の小栗上野介忠順は徹底抗戦を主張しますが、将軍慶喜は恭順することに決め、小栗をお役御免とします。これにより、小栗は領地のあった上野国権田村に家族ともども帰農し、引きこもります。

しかし、討幕軍はそれを許さず、慶応4年(1868年)閏4月6日、小栗忠順を家臣ともども取り調べもなく処刑します。翌日には養嗣子の小栗忠道も同様の末路をたどります。この小栗家の危機の中、事前に会津藩士の横山常守を頼って逃げるように言われていた小栗家の女性(小栗くに子、道子、鉞子)は家臣や村人に守られて脱出します。

当時、小栗道子にとって、夫や養嗣子、忠道の死はどれほどショックだったか想像もできません。それだけでなく、道子は初めての子どもを授かっており、妊娠8か月ぐらいだったとされています。こうした身重の中、会津への逃避行が行われます。

会津の野戦病院で国子出産

閏4月29日、20日以上にわたる逃避行の末、無事に会津にたどりつき、横山常守の家族に迎えられます。横山常守自身は新政府軍との戦いの最中でしたが、小栗家の女性がたどり着いて間もない5月1日に白河口の戦いで戦死してしまいます。

そうした状況の中、会津藩主、松平容保の配慮で、小栗道子は6月10日に野戦病院にて国子を生みます。父、忠順が亡くなってから、2か月後のことでした。

三野村利左衛門の庇護と東京での生活

その後、小栗家の女性は翌年の明治二年(1869年)まで会津にとどまったのち、東京に戻ります。その際、一度、徳川宗家が移った静岡に行った後、東京で暮らすことになったようです。小栗家の養女となり、国子の姉に当たる小栗鉞子は静岡までは一緒にいたようですが、その後の消息はわかっていません。

東京ではかつて小栗家の従者をしていたことがある三野村利左衛門が彼らの面倒を見ています。三野村利左衛門は三井の大番頭格の人物でした。小栗忠順から、もし家族が困窮するようなことがあったらどうか頼むと依頼されていたようです。利左衛門は明治十年(1877年)に亡くなるまで、その約束を守り、利左衛門亡き後も三野村家が引き続き生活を支えました。

大隈重信の妻、綾子

明治18年(1885年)に小栗道子は波乱の生涯を閉じます。その後、国子は親戚の大隈重信夫妻に引き取られます。

大隈重信の二番目の妻となった綾子は家禄800石の旗本、三枝七四郎頼永の次女です。大隈綾子の母は家禄1000石の旗本、中川飛騨守忠英(ただてる)の娘です。

大隈綾子

資料:ファイル:Ohkuma Ayako.jpg – Wikipedia

中川飛騨守忠英の四男が小栗家に養子に行った小栗忠高で、その小栗忠高の息子が小栗上野介忠順です。つまり、大隈綾子と小栗忠順はいとこ関係になります。

小栗国子と大隈綾子の関係図

ただの親戚関係というだけでなく、大隈綾子のと兄の竜之介は幼いころ、ともに小栗家で世話になっていた時期があるようです。そのため、父母がいない国子のために手を差し伸べたのだと思われます。

小栗家の再興

小栗家13代当主 小栗忠祥

小栗家は忠順と後継ぎとして駒井家から養子に来た忠高が亡くなったので、国子が成人するまでの間、忠高の弟で駒井朝温の三男、小栗忠祥が継いでいました。

小栗家14代当主 小栗貞雄

大隈重信の側近的人物に、元佐伯藩士でジャーナリスト、著作家であり、官界、政界でも活躍した矢野龍渓がいます。

大隈は、この龍渓の弟、貞雄との婚姻を国子に勧め、小栗家に婿入りする形で婚儀が整いました。

こうして、小栗貞雄・国子夫妻により小栗忠順直系という形で家の再興が成し遂げられました。小栗貞雄はジャーナリストとして活動した後、実業家として活躍しました。また、衆議院議員にもなっています。

小栗家17代当主 小栗かずまた

以後、連綿と続く小栗家の17代当主は「花さか天使テンテンくん」などで知られる漫画家の小栗かずまたです。小栗国子の曾孫に当たります。

花さか天使テンテンくん 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

また、漫画家、小栗かずまたによる小栗忠順の伝記作品もあります。

小栗忠順(学習まんが 世界の伝記NEXT) (集英社児童書)

終わりに

小栗国子によって、小栗家が連綿と続くことになりました。その背後には、小栗家の女性を守って命がけで会津に送った家臣と権田村の住民、松平容保公をはじめとする会津の人々、長きにわたりその生活を支えた三野村利左衛門とその家族、大隈重信夫妻など、多くの人々の助力があったことがわかります。

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